私の病院は「脱ステロイド治療をやってる皮膚科」としてご紹介いただくことも多いため、「薬を使わずに病気をやめたい」「ステロイドは絶対使いたくない」という患者さんも多くお見えになります。

脱ステロイド治療をやっている病院の医者というと、「ステロイドは悪だ」という立場の人間と思われるかもしれませんが、少なくとも私はステロイドそのものが良いとか悪いとかは考えていません。

ステロイドの是非論になると、とかくステロイドのネガティブな側面に焦点が当てられますが、ステロイドが悪かどうか、薬が悪かどうかなど本当のところ、健康の回復にとっては枝葉にすぎません。ステロイドというような人格さえないものに対して善悪を言い募るのは、治療としてはかなり遠回りだと思います。

とはいえ、ステロイドの長期使用は副作用や耐性などの問題がありますから、もちろんそれを無視することはできません。ステロイドのネガティブな面、役立つ面を総合的に考えて「自分が何の目的のために」「どの時期どのように使うか(使わないか)」を決めていくことが大切だと思っています。

脱ステロイド治療をおこなう上で大切なこと

脱ステロイド治療を行う上で、私が大切にしてきたことは、次の3点です。

  • 自己治癒力を促進する方法を常に選ぶ。同時に自己治癒力を抑制する方法をできるだけ選択しない。
  • 自己治癒力が十分に発揮し、皮膚症状に変化をみるまでしばらく時間がかかるので、その間、治癒力を抑制しない方向性を保ったまま、QOLを高め維持する方法を選択する。
  • 本当の原因探しをし(単なるアトピー性皮膚炎のアレルゲンという狭い範囲ではなく、ストレスや自分自身の思考、行動パターンなども含め)そこにアプローチしていく

 
アトピー性皮膚炎に限らず、どの肉体症状も「心や身体のアンバランスが局所に症状を呈したもの」と私は考えています。

ですから、ステロイドで局所のみ症状を抑えようとしても、根本解決にはなりません。根本治療のためには、体と心のアンバランスを是正しつつ、自己治癒力をできるだけ引き出す方法を選ぶことが大切です。

私が西洋医学に加えて、ホメオパシーや心理療法といった代替医療を20年近く研究し、臨床で用いてきたのも、根底にこの考えがあるからです。

脱ステロイドありきではなく、ステロイドを利用していく立場をとる

脱ステロイドを希望される患者さんやご家族の中には、過剰にステロイドを恐れたり、「ステロイドは悪いもの」と決めている方も少なくありません。

そのような患者さんに対しては、ステロイドに対する想いをお聴きした上で、ステロイドの良い面・悪い面の両方を中立な立場で理解していただくことから始めています。

重要なことは、繰り返しになりますが、「自分はステロイドをどのように使って(使わずに)、自分の身体とどう付き合っていくか?」を自己決定することです。ステロイドとは恐れるものでも敵視するものでもなく、患者さんご自身の目的のために「利用する」もの。この立場がとても大切です。

ここで一つの事例をご紹介します。ステロイドを用いた治療において「患者さんご自身の自己決定」がいかに大切であるか?を私に改めて教えてくれた、思い出深いケースです。

※患者さんのプライバシーに配慮するため、実際にあったケースにもとづくフィクションとなっています。

アトピー性皮膚炎がひどい小学6年生の男の子が、お母様と来院されました。問診票には「脱ステロイド治療希望」と書かれています。小学生のお子さんが自分で脱ステロイドを決めてくるケースは少ないので、お話を聞いてみることにしました。

「あの、脱ステロイド治療希望と書いておられますけど、いったい何が一番優先順位高いですか?」

お母さんとお子さんの座られているイスの真ん中あたりの空間にむけて質問すると、お母さんが「副作用があるから、ステロイドは絶対に使いたくないんです。」と返事をされます。

私が再度、「ステロイドを絶対に使わないとすると、かゆかったり学校に行きにくかったりという時期とかあるかもしれないけど大丈夫なんですか?」と聞くと、今度もまたお母さんが「今は学校に行かせてないので大丈夫です。アトピーのせいでいじめにあったんですよ。勉強は今、家庭教師をつけてますし、問題ないのですが、アトピーが完治したら転校することに決めてます」と答えます。

そこで私は、今度はお子さんのほうだけを向いて「かゆくて困っているんだよねえ。治ったらどうしたいの?」と聞きました。すると男の子は「治ったら、学校に行ってみんなと遊びたい」とうなづいて、自分の肌を見ます。

「自分の肌がほかの子と違っていて、そのことに耐えれないから学校にいけない」「でも、お友達と一緒でいたい」という想いがある一方で、親の「ステロイドはよくない」という思い込みに強く影響され、身動きが取れなくなっている。そんな関係性が見て取れました。

皮膚は人にとって、他者と自分の境界です。皮膚の疾患の心理的背景には、他者との葛藤が隠れていることがあります。

この男の子の場合だと、学校や治療法についても自己決定できず、親の意見で全てが決まってしまっていて、本人の想いは置き去りになってしまっていました。ここに介入のポイントがあると私は見立てました。

そこで私は、男の子本人とお母さんに「とりあえずは肌をきれいに、かゆくなく、ほかの子とまあまあ一緒にして学校に行き友達と遊ぶことから始めて、徐々に脱ステロイドしていきましょう」というご提案をして、親子ともに受け入れていただきました。

その男の子は今は中学生になり、地元の学校に元気に通学されています。

上記の例は、脱ステロイドの進め方をゆるやかにしたからうまくいった、という「ステロイドの使い方」の話と捉えてしまうと、本質を見誤ります。

ステロイドを含む治療法の意思決定の背景にあった、患者さん(男の子)自身の葛藤や彼を取り巻く人間関係に注目し、そこにある“パターン”を変えることが、患者さんに対する心理的アプローチにおいては極めて重要になってくるというお話です。